新築の家を見ると、どうしてこんなに欲しくなるんでしょうか
おはようございます、けんちろです!
今日は大阪の河内長野に来ています。新しい住宅の竣工撮影、つまり新築のお家を撮影するお仕事ですね。
いやあ、新築の広い庭付き一戸建てを見ると、本当に「家、いいなあ……!」と心から思います。
僕の家はマンションなので、どうしても一戸建てへの憧れが刺激されてしまいますね。
カメラマンという仕事をしていると、新しい商品や素敵な空間、素晴らしいものにたくさん触れる機会があります。
最近も撮影機材のアップデートでNikon Z6IIIやDJIのOsmo Action 5 Proを導入したり、PC環境を新しくしたりと、本当に物欲が止まりません。
家も物欲のリストに入れていいのかはわかりませんが、とりあえず欲しいです(笑)。皆さんも一緒にお仕事頑張りましょうね!
さて、今日は少し趣向を変えて、「写真に対する僕の考え方」についてお話ししようと思います。
ちょっとした自分語りの回になりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。

写真は「1枚で完結させるべき」という過去のこだわり
僕は普段、クライアントワークとして様々な撮影のお仕事をさせていただいていますが、もちろんプライベートワークとしての作品撮りも行っています。
そうやって日々シャッターを切る中で、「これからの時代の写真表現、そして写真家の作品って、どうあるべきなんだろう?」と常に考えているんですよね。
これは一生答えが出ない問いかもしれませんし、一生完成しないものだとは思います。ただ、現時点での僕の頭の中にあるロジックを、こうして文章を書きながら少し整理してみたいと思います。
実は僕、昔は「写真家たるもの、写真1枚で完結して、写真の中だけで全てを語るべきだ」と強く思っているタイプでした。
ビジュアルイメージを扱う人間として、自分が撮った写真に対して後から「これはこういう状況で、こういう意図があってね……」と野暮な説明を加えることに対して、どこか否定的なところがあったんです。「感覚」だけで相手に伝わるのが本物の写真だ、と思い込んでいたのかもしれません。
現在でも、その根底にある美学みたいなものは変わっていません。ですが、今は少し考え方がアップデートされています。ある種の「説明」や「文脈」は、むしろ積極的に加えた方がいいのではないか、と思うようになりました。

AIの登場で「1枚の写真」の価値が劇的に変化した
なぜ考え方が変わったのか。それは、写真というものが、単なる1枚のビジュアルで完結するものではなく、もっと大きな「総合芸術」になりつつあると肌で感じているからです。
その背景には、やはりAIの台頭という、避けては通れない技術的なパラダイムシフトがあります。
僕自身、現像ソフトをLightroomからEvotoAIへ移行したり、Pythonでの業務効率化を取り入れたりと、AIやプログラムの力は積極的に活用しています。AIの進化によって、誰もが簡単に、しかも圧倒的に美しいビジュアルイメージを作れる時代になりました。
その結果どうなったかというと、「写真1枚だけで何かを表現し、人の心を動かすこと」が、日に日に難しくなっているんです。
少し想像してみてください。
名前も知らない誰かが撮った、キャプションも何もない1枚の綺麗な写真がポンと目の前に出されたとき、あなたは昔と同じように深く感動できるでしょうか?
おそらく、昔より感動のハードルは上がっているはずです。みんなの撮影技術や現像スキルが底上げされたこともありますし、何より閲覧する側の目が肥えてきているんですよね。情報が飽和している中で、誰が撮ったかもわからない状態の写真1枚だけで涙を流すような感動を生むのは、今の時代、本当に至難の業です。

これからの写真家に必要な「掛け算」の表現
だからこそ、写真に「プラスアルファ」の要素を掛け合わせることが重要になってきます。
もちろん、見苦しい言い訳のような野暮な説明は不要です。
でも、「どのような背景やストーリーを持って撮られたのか」「どんな思いを持った誰が撮ったのか」というコンテキスト(文脈)を共有することは、これからの表現において非常に大きな武器になります。
最近は、文章を書けるフォトグラファーが本当に増えましたよね。
写真は文章との相性が抜群です。1枚の写真だけでなく、「写真 × 文章」でひとつの世界観を語るという手法は、今の時代の大きな流れのひとつです。
さらに言えば、音楽を作れる人は「写真 × 音楽」で語ることもできるでしょうし、「写真 × 動画」で表現の幅を広げることもできます。
これからの時代は、写真1枚だけで勝負するというよりも、複数のメディアや要素を組み合わせて、総合的な芸術として何かを表現していく時代になるのではないでしょうか。
背景や文脈を添えることで、1枚の写真はより深く人の心に刺さり、涙を流すほどの感動を呼ぶ「総合芸術」に昇華すると僕は信じています。

僕が毎日発信を続ける理由
そうなると、我々写真家は、ただシャッターを切って「写真だけ」をやっていればいい時代ではなくなってきました。
文章を書くことも一つの表現ですし、僕がこうしてブログを書いたり、TikTokで毎晩のようにLIVE配信を続けているのも、そういった思いが根底にあるからです。
僕がどういうポジションで写真を撮っているのか。
元システムエンジニアとして、どんなロジックで光や構図を計算しているのか。
どういう思いで「けんちろラボ」という写真教室を立ち上げたのか。
そういった思考のプロセスや背景を日々発信し、皆さんと共有していくこと自体が、僕の「写真表現」の一部であり、新しい時代の生存戦略だと思っています。
あなたは、自分の写真に何を掛け合わせますか?
ここまで僕の考えをお話ししてきましたが、あなたはどう思いますか?
もちろん、「いやいや、俺は絶対に1枚の写真の力だけで勝負するんだ!」という方もいらっしゃると思います。それは逆説的にものすごく強いパワーを持つこともありますし、素晴らしい一つのスタイルですよね。
一方で、「私は写真とイラストを組み合わせています」とか、「写真とダンスを融合させています」、あるいは「写真と書道を合わせた展示をしました」というように、すでに独自の掛け算を楽しんでいる方もいるかもしれません。
あなたは普段、写真とどう向き合い、どんな関わり方をしていますか?
もしよかったら、ぜひコメント欄であなたの考えやスタイルを教えてくださいね。
それでは、けんちろでした!




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